札幌バー【Tranquilizer(トランキライザー)】25年の時を経て復活!細川祐司氏の音を“つなぐ”使命とは?

いまの世の中は決して喜びに満ちたものではない。
コロナ禍が音楽界に大きな影を落とした状況下、舞台に立てない中で、音楽家は何を想い、何を希望としていたのだろうか。
音楽を聴く側もまた、その機会を失い、ライブ等エンターティメントを楽しむことに後ろめたさを感じ、不安定な日常に心身が疲れ切っていた。
映画、音楽、演劇やアートなど、先行きの見えない時代だからこそ、文化や芸術の持つ力が問われている。
そして、音の楽しみ方は、どこへ向かうのだろうか。
不確定な世界の中、揺らぐことのない信念のもと前を向き、アーティストの希望となり、消耗した人々の休息となるバーがある。
25年の時を経て復活した、札幌の「Tranquilizer(トランキライザー)」だ。

その店がオープンしたのは、2020年、北海道の遅い雪解け間もない頃だった。
おさまるはずのコロナは止むこともなく、まさしくコロナ禍の真っただ中である。
飲食店や生演奏を楽しむことができるライブハウスはいわゆる「3密」にあたるとして、なんども営業自粛要請を受け、休業を余儀なくされ、閉店に追い込まれる店もあった。
その波は北海道でも例外ではなく、北海道最大の音楽イベント「Rising Sun Rock Festival」は2年連続中止、演劇や音楽等のイベントの中止も当たり前となった。

Tranquilizerのオーナーは、細川祐司さん、格闘家張りの体格で眼光は鋭いながらも温かみがあり、屈託のない笑顔は少年のようでもある。
私を含めて皆ユージさんと呼んでいるが、ユージさんが何者かを伝えるのは難しい。
バーを再開する以前から、数多くの音楽イベントでDJをつとめ、ソウルやブルースを中心に音楽の知識は膨大で、札幌の名だたるジャズバーやソウルバーでも一目置かれる存在だ。
著名アーティストが絶賛する芸森スタジオ& Cloud Lodgeのサポートや札幌で永い歴史を持つイベント「ブルース収穫祭」のアドバイザー等、活躍は多岐に渡る。
以前、札幌のブルースの雄・BAKER SHOP BOOGIEのマネージャーをつとめ、現在でも石橋凌さんや上田ケンジさんをはじめアーティストの信頼が厚い。
一方、昼間は建築や内装関係を手掛け、多くの現場で圧倒的なリーダーシップを誇り、豊富な知識や緻密で丁寧な仕事で知られている。
また、ほぼプロキャンパーといえる程アウトドアスキルも高く、自然との大人の付き合い方を知っている。

ユージさんは、37年前の25歳のときに最初のTranquilizerをススキノにオープンし、その後場所を数度変え、11年後に店をクローズしたという。
現在のTranquilizerのカウンターでは、25年の月日が消えたかのように当時の常連客が集まり、昔のTranquilizerがいかに奇抜で最先端であったかを昨日のことのように語りだす。
ユージさんによれば、当時のスタジアムのようなバーは、映画ブルース・ブラザーズで登場した、金網が張られたステージをイメージしたそうだ。
ステージと客の間に金網がある理由は、興奮した客たちがビンをステージに向かって投げまくる、そのためだ。
悦楽と狂気の狭間は難しいが、心が癒される場所は、常に日の当たる場所とは限らない。
笑うことを許されるだけではなく、泣くことも許される場所が必要だ。

Tranquilizerには、もう一人のユージがいる。
30歳ぐらいのエキゾチックな風貌のイケメン、澤谷有児さんで、皆ユージくんと呼んでいる。
ユージくんも昼間は建築関係の仕事に従事しながら、Tranquilizerのキーパーソンとなり、高いホスピタリティで、老若男女問わず、人を惹きつけている。

2人のユージが、Tranquilizerをより高いところへ昇華させていく。

札幌の大通公園と狸小路の間の地下にあるその店は、白く光るTranquilizerのネオンサインが頼りだ。
階段を降りていくと、かすかにソウルやブルースの調べが聴こえてくる。
ドアを開けると、4000枚~5000枚にも及ぶレコードとDJブース、JBLのスピーカーから心地よいリズム、そして二人のユージの温かい笑顔に迎えられる。
一見妖しさと影をイメージする地下空間だが、ひとたびその場に身を委ねると、なんともいえない癒しと包容力を感じる。
今宵の音楽は、1960年代、いや70年代だろうか?
Tranquilizerの音楽の根幹はソウルやブルースであるが、その幅は意外と広く、拘りは音楽のジャンルではなく、音を自由に楽しむことにある。

アンティークの照明、ランプやキャンドルの光、いくつもの時代を見てきたチェアやテーブル、時が逆戻るかのような錯覚に陥る、時空を超えた空間だ。
カウンター正面の棚やDJブース、天井も抜いて高さを演出した最高の音空間は、建築のプロである二人のユージの手によって作り出された。

役割を終えた老舗バーから譲り受けた絵画や音楽を愛する芸術家のポスター、ジミーヘンドリックスや26歳の若さでこの世を去ったオーティス・レディングのフライヤー等、意志を持つ品々がTranquilizerをさりげなく彩る。

今と昔が融合する店内を見渡し、ソウルを聴きながら飲む酒は、やはり多くのミュージシャンに愛されてきたジャック・ダニエルだろうか。
驚くのは、厳選された珈琲豆をオーダー毎にひき、ユージくんがいれてくれた珈琲の味が確かなこと、鉄瓶に入れられたほうじ茶や緑茶、たてられた抹茶の質の高さだ。
どの世代もタイプも受け入れる、これがTranquilizerのふり幅である。

ユージさん所有の膨大なレコードから醸しだされる音楽はもちろん圧巻だが、Tranquilizerの醍醐味はやはり生ライブだろう。
Tranquilizerでも、コロナ禍の中、どれだけのライブが企画され、緊急事態宣言やまん延防止で流れただろうか。
演奏する側も見る側も感染対策を徹底し、安全性が確保された条件下、貴重なライブが開催されてきた。
八木のぶお、椎名純平、中澤ノブヨシ、Hanah Spring、大和田慧、瀬知素子、三好”3吉“功郎、笠原瑠斗、リクオ等、全国で多くのファンを熱狂させているアーティストが、Tranquilizerの舞台にたった。
アーティストにスポットライトをあてることもなく、アンティーク照明の下で、音が鳴り響くスタイルだ。
ライブハウスのような、固定されたステージはない。
Tranquilizerのどの場所が舞台になるかはアーティストにより変わり、その都度一夜の饗宴を楽しむかのうように店は変貌をとげる。
翌日には、いつものTranquilizerにもどり、昨夜の宴が幻だったように感じるのだ。
生ライブでなければ感じることのできない空気感に身を委ね、コロナ禍の張り詰めた緊張の中、マスクのまま、ホッと一息深呼吸をするのだ。
アーティストも聴く側も、今、この最高の時間に感謝しながら。

最多の登場回数を誇るのが、ユージさんが最も信頼するトランペット&ボーカルのMitchさんだ。
Tranquilizer再開の理由の一つが、Mitchさんに演奏してもらう場を創りたいということだったのは、店内のポスター(イラストレーター・MURASAKI氏作)からも明らかだ。
ニューオリンズの雰囲気そのままの躍動感あふれるトランペットは圧巻で、多くのアーティストからのリスペクトを集める、稀代のエンターティナーだ。
現在放送されている朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」では、トランぺッター役を熱演し、話題をよんでいる。
2021年11月18日には、Mitch(tp)、冨永寛之(gt)、藤田貴光(pf)、永田康充(dr)による、夢のようなエキサイティングなライブが繰り広げられた。
コロナ感染者の大幅な減少傾向で、規制が緩和され、久しぶりに解放感を感じた影響もあるが、究極の一体感が生まれる時を実感するセッションとなった。
会場にいるすべての人が満面の笑みを浮かべ、久しぶりの高揚感にひたった。
ユージさんが、カウンター越しで“にやり”としながらつぶやく。
「この笑顔が見たかったんだよ。」

人は失って大切なものに気づく。
当たり前にあったはずのものを取り戻すのに、現場では、再起に向けた挑戦や模索が続いている。
普通であれば、コロナ禍の店のオープンは、嘆き、絶望するタイミングだろう。
ユージさんは、音の持つ力を信じ、音を楽しむ場を“つなぐ”ために、逆風の中前を向くことを決めた。
Mitchさんが、Tranquilizerの舞台に立ち、必ず奏でる楽曲がある。
ルイ・アームストロングの「What a wonder world」。
ベトナムの戦場では、人が常に感じるはずの素晴らしく美しい世界感は忘れられて、緑の木々は焼かれ、赤いバラも野の花も踏みにじまれ、人は感情を失った。
もう一度普通の人間としての感情を持ち、人々がお互いを理解しあえる未来への祈り。
コロナ禍において、絶望のふちにある、私達が思い浮かべる“すばらしき世界” とは?

人により時間軸は様々だ。
25年の歳月を経て復活した「Tranquilizer」が、コロナ禍という厳しく絶望的に思える時間を、長い助走期間のようにゆっくりと走り抜け、ついに本格始動する。
札幌が真っ白な雪に包まれた、12月のある日、あの伝説のディーバが、Tranquilizerの舞台に舞い降りた。(つづく)

文・撮影: Naoya Shimazaki
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、ヨーロッパ、アメリカ、アジアで様々なプロジェクトやイベントを手掛ける。
東京から札幌に拠点を移し、主に海外企業のビジネスコンサルタントや輸出ビジネスに従事する。
一方、日本の芸術や文化や食、災害からの復興、地方の独創的な活動を支援、発信していくことをライフワークとしている。

関連情報
Tranquilizer
札幌市中央区南2条西7丁目4-1第7松井ビルB1
https://www.facebook.com/TranquilizerSapporo/
https://www.instagram.com/tranquilizersapporo/?hl=ja


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