「15本目のクラブ」 大会前日に恩師の葬儀 全米が泣いたクレンショーの恩返し優勝【編集者たち思い出のマスターズ】

今年もゴルフの祭典がやってくる。4月8日に「マスターズ」が開幕。昨年はコロナ禍で11月に移ったが、今年は無事に4月に85回目を迎えようとしている。これまでの84の名勝負のうち、長年ゴルフ界を追ってきた編集者たちが思い出のワンシーンを振り返る。今回はパーゴルフ編集部で各ツアーを取材し、現在はALBA.Net編集部でデスクを務める高桑均。

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はじめてマスターズをテレビで見たのは1980年代だった。父の影響もあってテレビで見たことはあったものの、そこまで真剣には見ていなかったのを覚えている。

ゴルフをはじめたのは92年4月で、そこで初めてマスターズを身近に感じた。大学入学直後。その年はフレッド・カプルス(米国)が大会を制した。父から譲り受けた『LYNX』のメタルドライバーを使っていた私は、同メーカーのクラブを使うカプルスに惹かれ、商品名にもなったカプルスのあだな『BOOM BOOM』の大会制覇に興奮した記憶がある。

カプルスがあまりにもかっこよく見えて、彼が着ていた『アシュワース』のウェアを買った。正規販売はなかった当時(おそらく)、並行輸入品を量販店で見つけたのを覚えている。そんな影響を受けるほどマスターズは圧倒的な憧れであり、それ以来、欠かさずテレビで観戦してきた。そして2017年、念願叶って初めてオーガスタ・ナショナルの地を取材陣の1人として踏むことになる。

記憶に残るマスターズ。タイガー・ウッズ(米国)の16番でのチップインバーディ。ミケルソン(米国)が優勝を決めて両手を上げて飛び上がって喜んだシーン。プレーオフでバッバ・ワトソン(米国)が右の林から直角に曲がるフックをかけて勝負を決めた日。そして、私も現地で取材したタイガー復活の日となった19年の海外メジャー15勝目。今世紀の名場面がよみがえるが、『思い出のマスターズ』と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは95年の優勝シーンだ。

当時大学生だった私は、テレビの前にかぶりつきで見ていた。タイガーのデビュー前、ツアーはパワー全盛の始まりを見せていた。圧倒的飛距離のジョン・デーリー(米国)。そして、この年の大会で2位に入ったデービス・ラブIII(米国)。この年にマスターズデビューを果たしローアマに輝いたウッズ。そんなパワーヒッターたちを見事に撃破したのが、当時43歳のベン・クレンショー(米国)だった。

米ツアー通算19勝、現在69歳のクレンショー。84年大会でもマスターズを制している実力者。ところが40歳を過ぎてからのクレンショーは勝利が激減していた。そんな状況で、ジャック・ニクラス(米国)が86年に打ち立てた46歳での優勝に次ぐ年長優勝を果たした。この記録は同じ43歳で19年大会を制したウッズに抜かれてしまったが、当時の私からすれば、見た目普通のおじさんがマスターズに勝ったのだ。

最終日、18番グリーンで最後のパットを沈めたクレンショーは、体を大きく前方に曲げて、帽子を落とし、顔を覆って号泣。かまわず涙を流し続けた。今にも崩れ落ちそうなほどでキャディがそっと支えにいった。11年ぶり2度目のマスターズ制覇という喜びからくる涙もあっただろう。ただそれは、その1週間前に起きた出来事を思い返しての涙が大半だった。

テキサス出身のクレンショーは、ゴルフコーチの草分け的存在だったハービー・ペニックを師と仰いでいた。ゴルファーとして、人間としてのあるべき姿を教えてくれた恩師。その恩師が、大会直前に帰らぬ人となった。打ちひしがれたクレンショーは初日を前にした水曜日、テキサスに飛び葬儀に参列。そしてその夜オーガスタに戻り、失意の中で大会をスタートした。

初日を2アンダーと上々の位置で滑り出したクレンショーにスポットライトが差し始めたのは2日目からだった。首位と2打差に浮上。そのとき、テレビでこの話しが紹介されていた。もともと感動秘話などにはめっぽう弱いため、クレンショーを応援していたのだと思う。

3日目に首位タイに立つと、最終日は前半のプレーを終えて単独首位に立った。そして、16番、17番と連続バーディ。2打のリードをもって迎えた最終ホールのウィニングパット。ボギーとしたが、グリーンを囲んだパトロンの鳴り止まない拍手のなかで、クレンショーは男泣き。21歳だった私も涙した。

「今週は15本目のクラブがバッグに入っていた。ハービーだ」。この優勝を最後にツアー優勝は果たせていない。きっとオーガスタの女神天国の恩師がくれた褒美だったのだろう。2度目のグリーンジャケットに腕を通した、“旬”を過ぎたおじさんが流す涙は、地味だけど、とても感動的だった。(文・高桑均)

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