めくって楽しむだけじゃない、「坊主」の詠んだ百人一首の世界

近年、競技かるたを題材にした漫画「ちはやふる」がブームになった。この漫画をきっかけに、百人一首の世界に触れた人も多いだろう。在原業平や紫式部といった、平安時代の貴族のイメージが真っ先に出てくる人も多いかもしれない。しかし、百人一首に収録されているのは、貴族や皇族の歌ばかりではない。「坊主めくり」という、読み札に描かれた絵柄を使う遊びがあるように、坊主つまり僧侶の詠んだ歌も収録されている。今回は「坊主」の詠んだ百人一首をいくつか紹介したい。


■これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関(蝉丸)

「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」(蝉丸)

現代語訳:これがあの、京から出て行く人も帰る人も、知り合いも知らない他人も、皆ここで別れ、そしてここで出会うという有名な逢坂の関なのだなぁ。


「行くも帰るも」「知るも知らぬも」「別れては」「逢坂(逢ふの掛詞)」と対になる表現とその語感が面白い。逢坂の関と対になる表現を通じて、仏教における会者定離を感じさせてくれる歌である。作者である蝉丸は、天皇の子だった、盲目の琵琶法師だった、などと様々な言い伝えが残されているが、詳しいことはよく分かっていない。作者のミステリアス性からも、後世の人々を惹きつける一首だ。

■もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし(前大僧正行尊)


「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」(前大僧正行尊)

現代語訳:私がお前を愛しく思うように、一緒に愛しいと思っておくれ、山桜よ。この山奥では桜の花のほかに知り合いもおらず、ただ独りなのだから。


山伏の修行中に偶然、山桜を見かけて詠んだ歌とされている。山桜を人に見立てて、作者は修行の孤独を分かち合おうとした歌である。古来より、桜が日本人の心のよりどころとなってきたことを窺わせてくれる。

■あらし吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり(能因法師)

「あらし吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり」(能因法師)

現代語訳:山風が吹いている三室山の紅葉が吹き散らされて、龍田川の水面は錦のように絢爛たる美しさだ。


紅葉の名所である龍田川(現在の奈良県生駒郡)を詠んだ歌は、漫画のタイトルにもなった在原業平の歌ばかりではない。この歌も、龍田川の紅葉を詠んでいる。ストレートな表現詠まれることで、三室山から龍田川へと散って流れる紅葉の風景が目に浮かぶ。その様子を錦にたとえることで、情景を盛り立てられる歌である。

■おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖(前大僧正慈円)

「おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖」(前大僧正慈円)

現代語訳:身分不相応ではあるが、このつらい浮世を生きる民たちを包み込んでやろう。この比叡の山に住み始めた私の、墨染の袖で。

作者は、比叡山延暦寺の最高職となった僧侶である。作者の生きた時代は、貴族の世から武士の世へと移り変わる過渡期だった。そんな激動の時代の中で、僧侶としての作者の強い使命感が表れている。また僧衣を「墨染の袖」と表現していることに、僧侶らしさを感じる歌である。

■参考資料

■長岡京 小倉山荘公式ブランドサイト ちょっと差がつく『百人一首講座』


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