首都高の出口ランプを「横断歩道が分断」--かなり珍しい構造の場所があります。約60年前から街に溶け込んだ異空間のナゾを探りました。
「自動車専用道」ですよね…? 横断歩道の脇に丸看板の珍景
ある首都高の出口で下りると、一般道へ接続するスロープの途中で、いきなり赤信号が現れました。そこには横断歩道があり、「え、ランプを人が横切っている……」。かなりビックリしたので後日、現地を訪れました。
この出口は2号目黒線「天現寺」出口(東京都港区)で、明治通りに接続しています。ランプを途中で横切る横断歩道は、確かに存在しました。
歩行者や自転車の首都高への“誤進入”が問題となる昨今、ランプに向けて自動車専用道の丸標識や「首都高出口」「立入禁止」といった注意喚起の横断幕なども多く設置されてはいるものの、入ろうと思えば簡単に入れます。しかも、横断歩道の歩行者信号の傍らには、さらに驚きの看板が。
「この信号機は高速道路に自動車がきた時だけ自動的に横断歩道が赤になる信号機です 横断の際はご注意下さい」
つまりクルマが来なければ、歩行者信号は常に青のため、クルマ側はたいてい、ここで赤信号になるわけです。まさに横断歩道がランプを”分断”しています。といっても、高速道路を下りてくるクルマは多く、歩行者も待たされます。
これには天現寺出口ならではの立地と経緯があると考えられます。
この区間の2号目黒線の高架は古川の北岸に沿っていますが、下り線側の出口ランプは本線よりもさらに川の際を通ります。本線から出口スロープを100mほど進み、地上に取りついた地点に横断歩道があり、そこからさらに川沿いを100mほど進んで明治通りの交差点に出ます。
横断歩道は古川を渡る「養老橋」とセットになっています。一方、養老橋からひとつ東側の「五之橋」のルートはランプのスロープ下をくぐっており、ひとつ西側の「亀屋橋」のルートはランプ終端のすぐ外側を通っているのでセーフ。およそ200mの出口ランプをつくるにあたり、どうしても養老橋だけはルートを分断するため、やむを得ず横断歩道で通したのだと考えられます。
高架下では「ポポーポポポポ♪」のメロディが
さらに、このランプが通っている200mの区間は、本線の高架下にも特徴があります。ここは「高架下商店街」として、平屋の貸し物件が立ち並んでいるのです。
シャッターを閉めた物件もありますが、鮮魚店やバー、リサイクルショップ、工芸品店、エアコン店、弁当店などが入居しています。鮮魚店の店頭では、ドン・キホーテの店内などでよく聞く「ポポーポポポポ♪」という「呼び込み君」のメロディが響いていました。
この商店街の中心に、横断歩道のある養老橋への小道が通っています。
都心環状線の一ノ橋JCTから戸越に至る2号目黒線は1967(昭和42)年9月に全線開通した、首都高でも古い路線です。黎明期の首都高は川を埋め立てるなどして用地買収をなるべく避けて建設されましたが、2号線では一部民地を買収してつくられました。古い航空写真を見ると、天現寺出入口付近は明治通りと古川の間に家屋が密集していたようです。
そこで、移転が困難な地権者向けに高架下へ賃貸物件を設け、当時の首都高速道路公団が開通翌年の1968年4月から賃貸事業として運営を開始したそうです。2号線では天現寺付近(南麻布3・4丁目)のほか4地区に高架下の賃貸物件があり、公団から株式会社となった首都高速道路に引き継がれています。
ちなみに、5号池袋線にも高架下商店街「南池袋サンロード商店街」があり、首都高の外郭団体である首都高速道路協会が運営しています。ここには有名ラーメン店なども入居しています。