「なぜ、淳の命を奪った」=土師守さん、求め続け29年―神戸連続児童殺傷事件

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 1997年に神戸市須磨区で発生した連続児童殺傷事件で、土師淳君=当時(11)=が亡くなってから24日で29年となるのを前に、父親の守さん(70)が時事通信の取材に応じた。「なぜ息子の命を奪ったのか」。社会復帰した加害男性から十分な答えがないまま便りは途切れている。「私たち遺族が納得できる『なぜ』が欲しい」と切実に訴えた。
 「ここのところずっと連絡もありません」。事件当時14歳だった加害男性からは医療少年院を仮退院した2004年以降、手紙が命日に合わせ届いていたが、17年を最後に途絶えた。
 守さんは「償いは現実的に難しい。私たちが望むのは『真実』。彼なりに自分を振り返り、納得できるような手紙を一回でも送ってもらえたらと思う。私たち遺族にだけ分かればいい『なぜ』、納得するような『なぜ』が欲しい」と言う。ただ、男性が15年に手記を断りもなく出版した経緯などを考えると、かなえられるのは「難しい」と考えている。
 事件の風化は「仕方のないこと、当然のこと」と受け止めつつ、制度や法改正につながった事件の教訓を語り継ぐことが大事だという。「犯罪被害は誰にでも起こり得る。どうか自分ごとと捉えてほしい」と話す。
 SNSで犯罪被害者らが中傷されたり、臆測が拡散されたりする現状にも言及し、「被害者や遺族が深い悲しみにある中、思い込みによる情報発信は控えて」と呼び掛けた。
 今も思い浮かべるのは「優しくてかわいかった」淳君の姿だという。「あの子はずっと11歳のまま。40歳になった姿は想像もできないし、したくもない」とし、「区切りって実はないんじゃないかなと思う。自分が亡くなるまで区切りはない」と語った。 
〔写真説明〕取材に応じる連続児童殺傷事件遺族の土師守さん=7日、神戸市中央区